観光客がカメラを向ける先には数頭のニホンジカの姿。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部である那智山エリアで日常的に見られる光景だ。昨年から顕著に出没頭数が増加し、毎日のように熊野那智大社・那智山青岸渡寺境内や大門坂に現れている。
近年の状況を受け、那智山区では今月、車道沿いに「鹿などの出没注意!!車の走行はゆっくりと!!」の看板を設置。「特に下りは車のスピードが出やすく、事故は時間の問題」と危機感を強めている。アジサイなどの植栽の食害も深刻だ。
那智原始林を含む山内の生態系への影響も懸念される。シカはアセビなどを除くほとんどの植物を採食し、中にはキイジョウロウホトトギスなどの固有種も含まれている。町も鳥獣保護区外であれば猟友会によるわなの設置を許可しているという。
観光客でにぎわう世界遺産・吉野熊野国立公園内での捕獲はハードルが高いが、全国の事例を見ると、世界遺産・国立公園とシカの関係は保護一辺倒ではない。世界文化遺産「春日大社」境内や奈良公園に群生する「奈良のシカ(国の天然記念物)」は、周辺エリアが「保護地区」「緩衝地区」「管理地区」に分けられており、管理地区では駆除が実施されている。今年3月には駆除可能エリア拡大にかじを切るなどの動向もある。嚴島神社を有する宮島では、人慣れしたシカによるごみあさりやプラスチックの誤食、観光客などによる餌付け問題も起きており、対策協議会を設立して解決策を模索している。
世界自然遺産を有する知床や屋久島、白神山地などでも、頭数モニタリングなどの科学的知見に基づき、世界遺産の一部または周辺で捕獲が試みられているという。
これらの事例はいずれも歴史的経緯や地域・地理特性を踏まえたもので、熊野地方に直接適用できるものではないし、駆除は最終手段。とはいえ、未来のため、一歩踏み込んだ対応を検討すべき時期に来ているのではなかろうか。
(2024年9月14日付紙面より)