新宮市立佐藤春夫記念館の辻本雄一館長と、同記念館と連携協定を結ぶ実践女子大学の佐藤悟・文芸資料研究所長、客員研究員で佐藤春夫研究者の河野龍也・東京大学文学部准教授は21日、市役所で佐藤春夫の新発見書簡などについて共同会見を開いた。
市名誉市民・佐藤春夫(1892~1964年)の生誕から130年を迎えた昨年8月、両者は互いの持つ資源を有効に活用し、相互の発展とともに文化振興に寄与することを目的に包括的連携協定を締結。同年は相互連携の下、生誕130年事業などを共催した。
昨年秋、春夫の孫・髙橋百百子さんが同記念館に寄贈した数多くの資料のうち、髙橋さんの父・竹田龍児さん(春夫のおいに当たる)旧蔵の春夫書簡は141通あり、その中の118通が新発見のものとなっている。
一方、実践女子大学の佐藤家寄託資料には、同時期の父・豊太郎の書簡もあり、双方の書簡を読み解くことにより、これまで知られていなかった春夫の動向が解明されることになる。
このたび、竹田さん旧蔵の書簡の解読を終えたことから、内容の発表に至った。書簡は竹田さんの死去(1994年)後に髙橋さん宅に残されたものと思われる。
会見に当たり、佐藤所長は記念館と協定締結に至った経緯などを説明し「豊太郎の書簡については全てを解読するのはもう少し時間がかかるが、両者連携して解読を進めている。創作活動の背景だけではなく、文学史などに関する新しい事実が分かってくるのではないかと期待している」と述べた。
新発見の書簡には、1930(昭和5)年に谷崎潤一郎の妻・千代を譲り受けた「細君譲渡事件」前後のものも含まれており、豊太郎に宛てた書簡では千代との生活や、脳溢血(のういっけつ)で倒れた後のリハビリ生活などに触れられているほか、豊太郎に金の無心をしている様子も見て取れる。
また、今回の解読によって脳溢血で倒れた時期がある程度分かったほか、春夫の病に対する千代の心情、谷崎の実娘で千代の連れ子である鮎子(竹田さんの妻)の動向が新婚生活に及ぼした影響などについても読み解くことができる。
当時の書簡について河野准教授は「春夫は手紙では父親に心配をかけさせないようにしている。家族間でお互い気を使い合ったりかばい合ったりしており、必要な時期に結束している家族の様子が分かる」「昭和5年を境に文学への向き合い方が変わったのは確か」などと説明。
事件については「2人の男(春夫と谷崎)と1人の女(千代)だけでの問題ではなく、家族の問題として捉え直す足掛かりとなった。謎の事件に新しい光が当たり、納得できるような実情が見えてきた。今まで報道されていない細部が見えてきた。手紙は再評価のきっかけになると思う」と話した。
なお、同大学では今後、書簡集の出版も視野に入れながら引き続き解読を進めていくとしている。
(2023年9月22日付紙面より)