和歌山県教育委員会と新宮市教育委員会は8日、市役所別館で「南葵(なんき)音楽文庫アカデミー」を開いた。慶應義塾大学名誉教授の美山良夫さんと日本近代音楽史研究家の林淑姫(りん・しゅくき)さんが講師を務め、36人が聴講した。
同文庫は、徳川頼倫(よりみち)侯爵が設立した私設の図書館である南葵文庫の音楽部門に端を発しており、その息子である徳川頼貞が継承するとともに、音楽および音楽学の専門図書館に向け拡充。1977年以降、読売日本交響楽団が所蔵している。和歌山県との委託契約により2017年に紀州徳川家ゆかりの地である同県で一般公開のはこびとなった。
同アカデミーは、文庫が所蔵する資料およびコレクションの基礎を築いた頼貞を中心に、定期講座やミニレクチャーなどを通じて内容や魅力を紹介する目的で実施している。この日は「出前講座」として開催された。
美山さんは「南葵音楽文庫に宿る『魂』」を題目に講話した。紀州徳川家の系譜をたどり、江戸幕府8代将軍・吉宗は、次男である田安徳川家の宗武に文化的側面を任せ、学問・文芸・芸術に親しむことができる環境を整備。田安徳川家は代々、雅楽や能楽の資料を収集し、それらは国立国文学研究資料館に残されている。
紀州徳川家10代の治宝(はるとみ)も芸術への造詣が深く、治宝の雅楽の楽器コレクションは現在、国立歴史民俗博物館に保管されている。
美山さんは、第9代新宮藩主・水野忠央(ただなか)が刊行した「丹鶴叢書」についても触れ「同文庫が特別なのではなく、紀州徳川家やその家臣、また旧藩士らが協力して築き上げた和歌山県の文化山脈の一峰をなすもの」とまとめた。
林さんは「佐藤春夫と音楽」を題目に講話。春夫と音楽との関係性などについて考察した。
春夫の詩に付曲された音楽作品は、校歌や市歌など団体歌をはじめ約350曲が確認されている。春夫は唱歌体験について、「音楽的才能の絶無なわたくしは小学校で唱歌の場合にも、曲のおもしろさを感じるよりも歌はれる歌詞の方に興味を持ち、子供にはわかりにくいはずの歌詞の意味も、漠然とながらほぼ理解しておもしろがっていた」(「詩文半世紀」1963年)などと記している。
一方で作詞家の西條八十(1892~1970年)は「佐藤春夫は、小説家としても有名であるが、『殉情詩集』により、やや古風であるが純粋で気品高い抒情詩を示した。流麗とはいえない一種詰屈(きっくつ)した雅語体の詩風のなかに、何ともいえぬ洗練された音楽をひびかせる作家である」(「詩のつくり方」1947年)と述べている。
林さんは、早坂文雄が春夫の詩に曲を付けた「うぐひす」、芥川也寸志が曲を付けた「水彩風景」などを紹介し「春夫は東京オリンピックに向けて『オリンピック東京大賛歌』を作詞したが、開会を待たずして死去したため、開会式で歌を聞くことはかなわなかった」と話した。
(2020年8月12日付紙面より)
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