仲之町商店街で新翔マーケット (新宮市 )
新宮市の仲之町商店街で20日、「新翔マーケット」の販売実習が開催された。県立新翔高校のボランティア生徒9人が同校オリジナルの「新翔まぐろ缶」をはじめとする「なごみあきない商品」を販売。「まぐろ缶、おいしいですよ」と元気な声が響き、地元住民や保護者、同校卒業生らでにぎわった。
同商店街とのタイアップ企画。「新翔マーケット」はこれまで文化祭などで実施してきたが、新型コロナウイルス感染拡大が落ち着きを見せる中、地域との連携・協働を模索する中で実施に至った。
「なごみあきない」は和歌山県商業教育研究会が設定する統一ブランドで、県内商業系高校が地元企業と連携して行う商品開発を支援。和歌山の「和」と商業の「商」を取って名付けられた。
「新翔まぐろ缶」は同校が勝浦漁業協同組合「まぐろ体験CAN」と協力して製造したビンチョウマグロのしょうゆ煮の缶詰。この日はその他にも、和歌山商業高校のあられ(7種類)、笠田高校のせんべい(4種類)、和歌山高校の「ぷるぷる娘キャンディ」、神島高校の梅あられ、南部高校の梅ジャムが販売された。同校吹奏楽部(太田誇音(かのん)部長)による演奏もあり、「学園天国」や「風になりたい」「宝島」などの軽快な楽曲で観客を盛り上げた。
商品を買い求めた70代の女性は「孫が吹奏楽部のメンバーで、大ファンなんです。販売されている商品も一通り全部買いましたが、あられなども上手に作ってあって、おいしそうです」。
販売をした小西なおさん(3年)は「生徒会で和歌山市でも販売をして楽しかったので、今回も参加しました」。山下心優羽さん(同)は「やっぱり地元なので『新翔のやから』と買ってくれる人が多く、うれしいです」と話していた。
(2021年11月23日付紙面より)
古座川筋各所で色づき進む (古座川町 )
古座川筋で木々の色づきが進んでいる。見頃の木が点々と見られる中、著名な子授けイチョウや地蔵モミジはこれからが見頃に差し掛かりそうな状況だ。
子授けイチョウは古座川町三尾川(みとがわ)の古傳山光泉寺に伝わる木。樹高約30㍍、幹回り約6㍍、推定樹齢約400年とされ、県内最大級であり枝から垂れ下がる複数の気根に触れると子宝に恵まれるという信心もあり、色づく時期には町内外から多くの鑑賞を集める。同町も天然記念物に指定し、周囲に駐車場や公衆トイレを整備し利便を図るところとなっている。
同寺は例年11月23日に法会「いちょう祭」を営んで鑑賞を促しているが、今年は新型コロナウイルス感染症予防のため休止。21日時点で色づき半ばに達し落葉が始まった段階で、例年ほど荒天にさらされておらず葉は多め。鑑賞に訪れた町民は青みも残る状態を見て「まだ少し早いか」と話し、まもなく見頃となる状況を期待していた。
地蔵モミジは同町田川にある清流山瀧川寺に伝わる木で、子授けイチョウとともに町の天然記念物に指定されている。推定樹齢は200年余りで、町内でも特に大株で境内から眺めるロケーションで安定評価を得ている。20日時点で枝先がようやく色づき始めた段階で、来週ごろに見頃を迎えそうな状況だった。
同寺は道の駅瀧ノ拝太郎から小森川方面へ約8・7㌔進んだ左手にあるが、同駅より先の道幅は1車線と狭く通行時は対向車への注意が必要となる。
(2021年11月23日付紙面より)
初の「生命のメッセージ展」 (新宮市 )
新宮市の王子公民分館は20日、市立王子ヶ浜小学校体育館で熊野地域で初となる「生命(いのち)のメッセージ展in新宮」を開催した。会場には遺族が制作した、理不尽に生命を奪われた犠牲者を型取りメッセージを託した30人分の「メッセンジャー」が展示され、NPO法人「KENTO」代表の児島早苗さんが「生命(いのち)を越すものはない」を演題に講話した。200人以上が来場し、メッセンジャーを見つめ、講演に耳を傾けることで命の尊さや重さについて、改めて理解を深めていた。
同展は殺人や悪質な交通事故、いじめ、医療過誤、一気飲ませなどの結果、理不尽に人生を断ち切られた犠牲者が主役のアート展。犠牲者一人一人の等身大の人型「メッセンジャー」(硬質発泡材)に遺品の靴、残された遺族がつづったメッセージが添えられているもので、向き合う者に命の重さや尊さを訴えている。
2018年に最愛の母・中尾叔子さん(享年85)を交通事故で亡くした紀南交通事故被害者の会代表の中岡貴恵さんは、(公社)紀の国被害者支援センターの紹介で児島さんと交流を持つことに。
この日は新宮警察署から職員5人ときしゅう君も参加。児島さんが会員のNPO法人「いのちのミュージアム」(鈴木共子代表理事)が開催する「生命のメッセージ展」に参加することが決まり、同市での開催に至ったいう。中岡さんは5日、同市佐野の自宅で同展に展示するための「メッセンジャー」を制作している。
当日、野尻和則分館長が「開催に当たり関係者の皆さまに感謝を述べたい。今後、地域から事故や犯罪が発生しないように取り組んでいきたい」とあいさつ。
児島さんは自身の息子を亡くした当時の状況と心境を振り返り▽交通事故が軽くとられがちであること▽18年間、無料で配布している「交通事故対応マニュアル」の冊子を息子の同級生らと作成した▽家族が交通事故に遭遇したことを想像する疑似体験▽国内では戦後74年間で交通事故による死者が約95万人を超えていること▽「生命のメッセージ展」を授業として取り上げてくれる学校が増えていること―などを話した。
犠牲者や来場者自身、その家族の一日の無事を祈って、黙とうがささげられた。児島さんは「交通事故をゼロにし、犠牲者も加害者もなくすことが私たちの願い。不可能じゃない。『ありがとう』や『ごめんね』が言えるのは自分自身が生きているからであり、言う相手が生きているから。先延ばしせずに、今日、大切な方に伝えてください」と涙を流し訴えた。
中岡さんは母のことやこれまでの経緯に触れ、「新宮市でも開催したい思いを(市議会議員の)濵田雅美さんに相談し、声を上げてくれたことで多くの方々の協力の下、開催に至った」と感謝。
交通事故について「事件・事故は人ごとではない。誰もが被害者にも加害者にもなりうることを知っていただきたい。奪ってしまうものの重みを考えるきっかけとなり、尊い命が一つでも守られていくことを願っています」と語った。
家族と共に会場に訪れていた近畿大学附属新宮中学校3年の𠮷良和子さんは「命について深く考える機会を頂いた。私自身、生活する中で、道を歩くときでも命の大切さなどを考える気持ちが欠けていたと思う。これからは事故防止など、自分自身にできる範囲で進めていきたい」と話していた。
(2021年11月23日付紙面より)
熊野初のレインボーフェスタ (那智勝浦町 )
レインボーフェスタ和歌山実行委員会は21日、那智勝浦町のブルービーチ那智で熊野地域で初となる「RAINBOWFESTA in wakayama NACHIKATSUURA(レインボーフェスタin和歌山那智勝浦)」を開催した。多様性を分かち合う場として開かれた催しには多くの来場者が訪れ、にぎわっていた。
レインボーフェスタとは性的少数者(セクシュアルマイノリティー)やLGBTQについて理解を広めるとともに、一人一人が持つ「性の多様性」を祝福し、分かち合う場として、全国各地で実施されている催し。
県内では5年前から和歌山市で開かれている。開催に声を上げたのはトランスジェンダー(性別越境者)当事者である丸山都(みやこ)さんだ。丸山さんは生まれ故郷である同町でのフェスタを企画。関係者の協力の下、今回に至ったという。
当日、入場時に検温と消毒を行い、配布のリストバンドを装着した人のみが会場内のサービスを受けられるなどの感染症対策にも取り組んだ。
フェスタでは楽器やバンド演奏、ダンス、歌などが会場を盛り上げた。また、地元商店などの飲食や販売ブースには行列ができたほか、輪投げやスーパーボールすくいなどを楽しむ子どもの姿も見られた。午後からは丸山さんと、トランスジェンダー当事者である乾菜月さんがトークショーを行った。二人は来場者から集めた質問について回答するなどした。
会場を訪れていた堀順一郎町長は「多くの方に町を訪れていただける催しに感謝している。町として人権研修などに力を入れていきたい」。
丸山さんは「予想以上にご来場いただきうれしい。熊野地域にも自身の性について悩みを持った方がいることや、多様性を知っていただけたら幸いです。今後も継続していきたい」と笑顔で語った。
(2021年11月23日付紙面より)
田辺市本宮町の熊野本宮大社(九鬼家隆宮司)で8日、来年のえと「壬寅(みずのえとら)」の大絵馬と小絵馬が完成した。大絵馬は12月2日(木)に、大しめ縄と共に大社神門に掲げられる。
スギ材などで作った大絵馬は、横232㌢、縦117㌢。九鬼宮司が8月半ばごろから構想を練り、制作に着手した。太陽を背にした白虎が、先を清眼として見据える構図で、全体を包み込む形で虹を描いた。
「人々が未来に向かって進み、皆にとって光指す一年であるように」と思いを込め、「一筋の道」と「光」の文字を揮毫(きごう)した。
新宮、白浜、紀伊田辺、周参見のJR各駅に掲げる小絵馬には、同じく太陽を背に先を見据える虎の姿。それぞれのまちのキャッチフレーズから印象的な単語を抜粋し、そこから着想を得た色で「蘇」の文字を書き入れた。
新宮駅には24日(水)、紀伊田辺、白浜、周参見駅には26日(金)に授与する。旅の安全を願い、南紀白浜空港にも大絵馬を贈る予定。
九鬼宮司は「新型コロナウイルス感染症の影響で多くの人の生活が一変した。今年もコロナ禍の中で年を越すが、来年こそは自分の歩む道が定まり、虹を浴びながら光輝く一年であってほしい」と絵馬に込めた思いを語った。
(2021年11月9日付紙面より)
新宮市下本町の市文化複合施設「丹鶴ホール」で6日、市立図書館中上健次コーナー開設記念公開講座「佐藤春夫から中上健次へ―日本近代文学の百年」があった。熊野大学(松本巌理事長)主催。文芸評論家の高澤秀次さん、市立佐藤春夫記念館の辻本雄一館長、中上健次(1946~92年)の長女で作家の中上紀さんが、新宮が生んだ2人の文豪について講話した。
「試験もない、校舎もない、校則もない。誰でもいつでも入学でき、卒業は死ぬ時」という熊野大学は1990年、中上によって設立。中上の逝去後は、遺志を受け継いだ有志たちが中心となって活動を続けている。
中上が亡くなった月でもある8月のセミナーには例年、墓参りも兼ねて全国から多くの中上文学ファンが熊野地方を訪れるが、台風や新型コロナウイルスの影響で3年連続の中止に。
このたびは市文化複合施設の完成に伴い新図書館に「中上健次コーナー」が新設されたことを記念し開催に至った。
開催に当たり、松本理事長は生前の中上との交流や、熊野大学設立の経緯などを説明し「立派な施設と、立派な中上健次コーナーができた。健次のことを広く知ってもらえることをありがたく思っている」。
紀さんは同コーナーの概要を紹介。「コーナーに近づくと生前最後の映像といわれるビデオが流しっぱなしとなっており、誰でも映像で健次の姿を見て声を聞くことができる。健次も喜んでくれていると思う。今日はセミナーではないが、3年ぶりの熊野大学の発信。短い時間だが皆さんと一緒にどっぷりと空気に浸りたい」とあいさつした。
来年2022年は春夫(1892~1964年)が生誕して130年、中上が逝去して30年を迎える。辻本館長は「芥川賞を受賞する前、健次は『佐藤春夫のばい菌が満ちあふれている』と小説を書くきっかけについて話していた。文学的な風土がある、と。2人の文学は新宮と熊野の風土や歴史と深い関わりがあったのでは」と言及。
「健次が亡くなった時、『近代文学は終わった』という言い方を報道などでよく目にした。春夫と健次の間の100年は近代文学の100年にぴったり重なるが、健次は近代文学そのものを批判して物語を展開していたと思う」と見解を述べた。
高澤さんは「日本近代文学を2人に象徴させて語ることは決して奇抜な方法ではない」と述べ、日本近代文学の歴史について説明。中上の著書「枯木灘」について文学評論家の江藤淳(1932~99年)は「この作品によって自然主義文学の理想は達成された」と評価したと紹介した。
また、主人公が被差別部落出身であることを告白したのちテキサスに渡るまでを描いた島崎藤村の「破戒」に関して「中上はカミングアウトして逃げていると、新宮の地で批判を展開した。そのことは日本近代文学に放った第一の矢だと思っている。物語と小説の関係性を問いただした作家であった」。
春夫については「当時の日本文学の最前線だった。日本の自然主義文学から逸脱したモダンで実験的な小説を書いた」と評価。熊野地方から大石誠之助をはじめとする6人が連座した「大逆事件」(1911年)以降、日本文学は大きく方向転換したとし「(2人は)近代文学を問いただした作家であり、難関を突破し難関(『大逆事件』)を前にたじろいだ作家」であると述べた。
また、中上が春夫に対し「『大逆事件』を回避している。熊野を真正面から書いていない」と批判したことに対し「佐藤春夫というターゲットがいなければ展開されなかった」と言及。
対し辻本館長は、春夫の短編「砧(きぬた)」では直接「大逆事件」に触れてはいないものの、「大塩事件」(大塩平八郎の乱)の熊野に与えた影響が述べられているとし「『大逆事件』の後遺症の影が投影しているのでは」と話した。
(2021年11月9日付紙面より)
コロナで延期の成人式に75人 (熊野市 )
熊野市は7日、成人式を催した。対象の新成人は154人。うち75人が参列した。りりしい背広姿や華やかな振り袖姿で会場の熊野市民会館=木本町=に集い、旧知の友人たちとの再会を喜び合いながら、成人として恥じない行動とこれからの活躍を誓い合った。
紀北町から紀宝町までの2市3町の成人式は、コロナ禍の影響で全てが11月に延期。熊野市も例年なら1月3日に開催していたがこの日、感染拡大防止のために簡素化して東紀州地区トップの開催となった。中村天音(あまね)さん(21)=2015年、木本中卒=が司会を務め、倉本勝也教育長は式辞の中で、これまでとは違った形の式の開催に理解を求めながら、「自分や家族など大切な人や地域の人を守るため、コロナ感染防止の行動を」と注意を促した。
河上敢二市長は高校生時代に何度か熊野を訪れ、大リーグ・エンゼルスでも投打二刀流の大活躍で人気沸騰の大谷翔平選手を例に、「夢に向かって努力を。夢はかなうものではなく、かなえるもの。努力すれば夢が近づく」と述べ、人生の大海原にこぎ出す若者たちを激励した。
新成人を代表して濵中良輔さん(21)=15年、有馬中卒=が誓いの言葉。育ててくれた両親、家族、友人、先生方、地域の人々の温かい支えに感謝しながら、「将来は教師として、大好きな熊野市に恩返ししたい」と希望を語り、「新成人として感謝と思いやりの心を忘れず、平和な未来に向かって歩んでいく」と誓った。
式後は校区別に記念写真の撮影。市民会館前でも友人同士が互いに写真を撮りながら、話に花を咲かせていた。無事に司会を終えた中村さんは「緊張した。仲の良い友達が来られなくて残念だった」と振り返った。
(2021年11月9日付紙面より)
那智勝浦町で統一津波避難訓練
那智勝浦町は6日、「令和3年度町内統一津波避難訓練」を町内各地で実施した。今回は町内19地区が参加。発生が懸念される南海トラフ巨大地震を想定し、住民らは津波から身を守るため高台などに避難した。
2014年に和歌山県が発表した同町の被害想定の死者数は、南海トラフで1万1700人、三連動地震で5200人。さらに津波避難困難地域に指定される地区が多いことから町では避難路整備や津波避難タワーの建設などを進めてきた。
訓練は発災時に「必ず避難行動を取る」「情報の伝達」「避難所運営」などの行動を住民が実行できるように取り組んでいるという。八反田地区では自主訓練のみ行った。
訓練では南海トラフ巨大地震が発生し、震度6弱~7でマグニチュード9・1を想定。午前9時3分に訓練を告げるサイレンと放送が行われた。
参加した勝浦四区の住民は、町立勝浦小学校敷地内に造成された高台へ避難した。この高台はかさ上げと造成によって4000平方㍍の平地が確保されており、災害時には多くの町民が避難できる。今年7月から着工し、同校が夏休み期間中に工事が進められた。訓練での使用は今回が初めて。
この日は勝浦六区も同校敷地内で実施。町内3カ所に一時避難することになっている同区はその内の1カ所として避難を行った。
四区では避難した区民の受け付け後、発電機の使用訓練や町災害対策本部への情報伝達訓練に取り組んだ。区民にはハザードマップや非常用持ち出し袋に備蓄する必要物のリスト、避難カードなどが配布された。
同区防災部長を務める梶信隆さんは「災害はいつ発生するか分からないので心構えが必要。まずは避難することを念頭に置いてほしい」。
楠本修一区長は「常に防災意識を持って日常生活を送ってほしい。そのための訓練」と語った。
なお、この日は町民が964人、町職員6人、新宮警察署から3人が訓練に参加した。
(2021年11月9日付紙面より)